生命力と治療法 3

椅子に座ってテレビを見ているときなどに、とつぜん胸に耐えがたいほどの痛みを感じることがよくあるといいます。


病院に行くとすぐ救急救命室にいれられるのですが、べつだんの処置をほどこすこともなく治ってしまうときもあります。


治療台に横になった男のからだをしらべてみました。


足首にさわったとき、からだの左半分の生命力が落ちていることがすぐにわかりました。


・・・そこで、得意の質問をしました。


「子どものころ、事故に遭いませんでした?」


・・・やはり事故を起こしていました。


左足を骨折して、手術したことがあるといきました。


それが原因なんだ、とわたしはいいました。


そして、手術の切開創にできた線維組織をほぐし、左のかかとを少し吊りあげて骨盤が水平になるように調整しました。


生命力と治療法 2

わたしは10分ほど手技をほどこしました。


治療が終わったとたん、男は強烈なエネルギーがからだじゅうを駆けめぐっているようだといきました。


2、3分後には自力で治療台から起きあがりました。


30分もたたないうちに、男は全身に生命力をみなぎらせて、気持ちよさそうに立ちあがったのです。


ほかの事故でもそうですが、自動車事故が原因で呼吸が一時停止するということがよくあるのです。


ショックによって、ほんの一瞬でも呼吸が途中でとまってしまうと、からだをめぐるエネルギーの流れがブロックされ、そのままもとにもどらない人が多いのです。


・・・その後、おとなの患者をもうひとり診ました。


医師に迷走神経緊張症と診断されたということでした。


心臓麻痺と似たような症状を呈する、自律神経の病気です。

生命力と治療法

ある男性は、治療法も不明なまま病院に入院させられました。


病院の担当医は膀胱に原因があるかもしれないと考え、膀胱を切除してしまいました。


・・・しかし、原因は膀胱ではなかったらしく、男の病状は悪化の一途をたどっていきました。


それ以上打つ手がなく、担当医は男を退院させました。


衰弱しきった声で男がわたしに電話をよこしたのはその直後のことでした。


おとなは診ないことにしていたのですが、話を聞くとあまりに気の毒なので、ひき受けずにはいられなかったのです。


診察をすませたあと、わたしは男に昔の事故のことを覚えていたら話してくれと頼んでいます。


肋骨のあたりに過去の骨折の痕跡が感じられたからです。


男は驚きの表情を浮かべ、17年前に急なのぼり坂を運転中に対向車と衝突した事故について話しはじめました。


その事故のショックがからだのなかに残り、生命力がブロックされて、じょじょに衰弱してきたことがすぐにわかりました。

原因は神のみぞ知る 4

問題のほうに自分が近づいていくのではなく、問題を自分の頭の中の引き出しに持ち込んで、そこで片を付けるということです。


このやりかたは、研究的とは反対の、まさにロボット的な動きの特徴です。


もちろん、調べたところで、原因がわかるとは限りません。


原因は、神のみぞ知るであって、我われ人間が原因を知ることができるのは、対応して問題が解決したときにはじめて、あれが原因だったと知ることとなるのです。


しかし我われは、調べることによって、その状況は事実によって掴むことはできます。


その中から、原因を決めつけるのではなく、それらしきものを仮説として見いだすことはできます。


この、決めつけてしまうか仮説として捉えるかが、その後の対応のありかたを、ロボット的か研究的かに、決定的に左右していくのです。

原因は神のみぞ知る 3

「日航も、事故前に、この化粧室のドアのトラブルについて調査していた。


しかし、同社は、33件のうち20件が事故機を大阪グアム間のグアム便に使った際に起きたことや、グアム線を飛ぶ他のジャンボ機にも同じトラブルが起きたケースがあったため、グアム線の特殊事情と判断。


トラブルの原因は、客室後部の化粧室近くにあるコート収納庫に機内誌などの物資を大量に積み込んだためとみて、コート収納庫の棚下に物品を積むことを禁止した。」


・・・つまり、この大惨事に至るまでの経過の中に、「大惨事を予告する唯一の兆候」(同調査委員会)がはっきりと現れていたのです。


この現象に対して、ろくろく調べもしないで原因を決めつけてしまい、誤った原因に対策を打っていたわけです。


日常の仕事では、これほどの大問題になることは少ないでしょう。


だから目立たないのでしょうが、原因の決めつけを誤ると、反対の効果をもたらす手を打ってしまうことさえあるのです。


調べもしないで原因を決めつけるということは、新しい問題に対して、古い知識・答で勝負するということです。

原因は神のみぞ知る 2

この事故そのものも、原因の決めつけに関して重要な教訓を残してくれています。


運輸省航空事故調査委員会による2年ちかくにわたる調査によって、この事故原因は、圧力隔壁の破壊によるものであり・・・


それは、同機がその7年まえに着陸の際に起こした事故によって破壊された圧力隔壁の修理ミスに起因している、と結論づけられた。


その部分に関連する同調査委員会の調査報告の一部を引用しましょう。


隔壁修理後の7年間におよぶ飛行の間に、隔壁に近い胴体後部の異状を察知できる現象がなかったかどうかにメスを入れ、その手掛かりとして、胴体後部や尾翼に関連する機材や部品の故障である「不具合」例を集めた。


(中略)


(その結果)事故機には、飛行中、化粧室のドアの開閉がしにくくなるトラブルが多発していた事実が明らかになったた。


6年2月から墜落するまでのわずか半年余りの間に、計33件も報告されており、このうち28件は、客室最後部にある化粧室に集中・・・。

原因は神のみぞ知る

1985年8月に群馬県上野村の山中に墜落した日航機事故の報道を覚えている方は多いのではないでしょうか。


この航空機が行方不明になって間もなく、各テレビチャンネルはそのニュースを流しはじめ、それは時間とともに大ニュースとなっていきました。


やがて各チャンネルには、その道の専門家や解説委員が登場してきて、墜落を前提として、その原因を詮索しはじめたのです。


その時点で明らかな事実は、この航空機が大阪国際空港に着いていないこと、レーダーに映らないこと、無線に応答がないこと、この3つでしかなかったのにです。


原因の詮索は、情報が増してくるとともにますます激しくなり、その中には、阻石との衝突説まで飛び出してきました。


そういう私も、テレビを見ながらその原因を知りたくて、専門家の解説を求めて、テレビチャンネルをあちこちと切り換えた覚えがあります。


階級区分から階層区分へ 2

残念ながら氏は若者の分析をしただけで若くして亡ってしまい、その体系はできなかった。


しかしその後長谷川進氏が『日本独占資本主義と農業構造』を書き、地域の農業生産の分化・生産地形成を中心にその後の理論を展開したのですが、これがちょうど高度経済の初発の段階に対応した構造分析でした。


その意味で、これは農業生産構造という点で、階層区分する最初の試みだったのです。


そしてそれは同時に常東を中心とする反独占農民運動・農産物価格闘争の時代を反映する理論でもあったわけです。


ところが農地解放で農民が土地の所有権を獲得し、さらにその後の高度経済成長の中で、土地の所有権は保持したままで、兼業農というかたちで日本の農民は農民でなくなっていくと・・・


このようなすぐれた階層区分論も、現実の農民をとらえきれなくなってくるでしょう。


旧来の階層区分論は、その基礎に「労働者階級からみた農民層のとらえ方」という根本的な点があるかと思います。


そういう考え方がスターリン主義だとか、レーニン主義だとかというとらえ方もできますが・・・


しかし、その一番の基礎にはやはり労働者階級が自らの革命ないしは主体的な行動をとっていくためには、農民というものを自らの同盟者ないしは提携者としなければならない、というかたちで出てきたものだろうと思います。

階級区分から階層区分へ

昔はこれが随分議論されたのですが、今ではほとんど言う人もいなくなってしまいました。


議論された事情も議論されなくなった事情も、それなりのことがあったと私は理解しています。


戦後の日本農業が置かれた事態は、むろん戦前とは違うわけで、それを前提にして先ほどの一柳さんの報告があったわけです。


旧来ですと、いま言った階層区分論に従って、「中農を中立化し、小農ないし貧農と同盟」して日本の革命を遂行するんだ、という考えがあったわけです。


戦後の日本農業、とりわけ農地解放後の日本農業は、そのような階層区分論で単純に割り切れなくなった。


栗原百寿著『現代日本農業論』の中で、農地解放後の日本農業の生産関係は基本的に変わって


「農民は国家独占資本主義的家内工業の事実上の賃金労働者である」


・・・という認識に立って、階層区分論の話が出てくるのですが、農業生産関係ではもはや階層区分はできず、農業生産構造で階層区分しなければならないと述べています。


日本の農業は女が守ってきた 2

いろいろとシッチャカメッチャカに話してきましたので、このへんでまとめてみようと思いますが、考えてみるとすごく単純なのです。


学生時代の、学生会館「自主管理・白主運営・自力更生」から自給しようということになり、生産と運動が結びつく場としての生活を創り出そうということをプラスして百姓をやりはじめたということになります。


このへんが私の原点になるだろうし、たえずフィードバックをかけなければと思います。


次に、階級区分から階層区分についての話です。


この会合は「社会主義フォーラム」ということですから、社会主義的な観点から農業問題を見る場合の基本的な見方について話をするのが妥当かと思います。


旧来のマルクス主義的な農業問題の理解の仕方は、先ほど一柳さんは注意深く「大農」という言葉を使いませんでしたが・・・


農民層を、主として経営規模の大小にもとついて、大農・中農・小農と区分する方法と、農業における雇用労働を基礎として、富農・中農・貧農と区別する方法とが用いられてきました。