青い目の人形
青い目をしたお人形は
アメリカ生まれのセルロイド
私は言葉がわからない
迷子になったらなんとしょう
これも野口雨情の童謡「青い目の人形」には、日米親善と、戦争悲話が秘められています。
大正初期、日本のカリフォルニア移民たちはあまりにもよく働きました。
このため地元のアメリカ人たちは、土地を日本人に占有されてしまうのではないかというおそれから、排日感情が高まりました。
これを心配したシドニーさんは同十年、一万二千体あまりのアメリカ人形を、日米親善人形として日本へ贈ってくれました。
人形たちはそれぞれの名を記したパスポートを持って横浜港へ着き、全国各地の小学校や幼稚園へ贈られたのです。